トルストイの民話とはどういうものか

「人は何で生きるか」トルストイ民話集、中村白葉訳、岩波文庫、1932年第一刷、1985年に50刷というからかなりの発行部数といってよいだろう。

今日は閑話休題、である。トルストイの本にはいろんな民話風の話が多い。という事は彼は民話というものを聞き集めていたのか?これには解説がついていた。彼のところには民話の語り手が居候していたようで(彼が呼んだのかもしれない、その辺りは詳しくわからず)ある。彼は民衆に分かりやすく平易でありかつ簡素単純でありそれが普遍的である、また生きていくために役に立つという芸術論がある。そのためにその種の民話を集めていたのかもしれない。またこの民話といってもその語られたままではないそうで、岩波文庫50ページほどの物語に一年もかけて修正、推敲したものだそうである。

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吉本隆明を知っているだろうか?

吉本隆明、戦後史詩論、大和書房、1978年9月発行

 

1、吉本隆明を知っているだろうか。

二女は吉本ばなな、作家、長女は漫画家。娘の有名さで親父も晩年忘れられたころには再度有名になった可能性もある。

ウイキペディアなど見ると、60年安保の時に活躍した。また今の東工大を卒業後東洋インキの青砥工場に就職、その後は特許事務所などに勤務していた。

60年安保の時に品川駅でデモ、そこで警察に捕まる。そのころ丸山真男批判などを書き丸山と大論争となる。知識人づらしている人は信用できないとか、しかし藤田省三に師事したとあるから、その藤田の師匠の方を批判したということになる。この丸山批判はその後の東大紛争でもその残響がかなりあったと思われる。詳しいことは不明であるが。

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先進国に共通の思想、新自由主義とは

新自由主義、その歴史的展開と現在、デヴィット・ハーヴェイ、監訳渡辺治、作品社、2007年

デビィット・ハーヴェイは1935年生まれ、経済地理学者、原著2005年発行(ということは著者70歳の時の作品)

この本は、新自由主義という、世界先進国を覆っている考え方の基本を分析してみたものである。最後にどういう対抗軸があるのか、解決策はあるのかというところはちょっとよわい部分であるものの、新自由主義に関しての特に経済に関する本格的な分析であることには間違いない。(前回のブログで取り上げた、森政稔氏”戦後「社会科学」の思想”の新自由主義と取り上げ方が多少違うが基本的な見方は同じである。)

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自然法、自然権の深い考え方

岩波文庫、ホッブス著、ビヒモス、翻訳山田園子、2014年発売

 

概略

イギリスの1630年あたりから、1660年あたりまでの歴史を中心として、そのイギリスの内戦状態の原因について分析した本である。王が処刑されてから王政復古までの間の激戦の状況である。最後はクロンウェルまで登場する。なぜこういう事が起こったかという事のホッブス流の分析である。若い人とホッブスらしき人との二人の対話で話が進んでいく。若い人が質問してホッブスらしき人が答える、というのが連綿と続く。

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天安門事件という中国人の青春の思い出

楊逸(ヤンイー)時が滲む朝、文芸春秋、2010年発行、(初出2008、文学界)

 

天安門事件のころに大学生であった主人公が、その後大学を退学させられて、日本へ来る。その天安門事件関係の人々の動向と中国人の日本での生活の一端を垣間見せてくれる。彼らの政治信条や中国にかける思いや、その前の文革からの影響など非常に短い小説の中にうまく取り入れて書かれており分かりやすい。内容は単純で分かりやすいが中国人の、多分、複雑な気持ちを言外に伝えている作品で芥川賞を受賞した作品である。

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繆斌工作というのは知っているだろうか。

 

銘のない墓標、陳舜臣、中公文庫、1991,9、初出1969,1講談社

この文庫に入っている最初の小説である。(3作品が入っている)

 

小説の背景となる歴史的な人物と事件

この小説のテーマはミョウヒン繆斌という人物の話である。彼は、今では知っている人はほとんどいない。しかし、実際にあった繆斌工作という有名な事件の首謀者である。昭和20年はじめ南京汪兆銘政府の要人、繆斌が日中戦争の和平工作を行い日本はこの密使を相手にせずという外務大臣の重光葵の反対によって退けられてその工作が失敗した事件である。汪兆銘政権のほとんどが漢奸としてその後国民党政府により銃殺刑となったが、この繆斌は一番早く死刑とされた人物である。裁判までの間の監獄では最大の好待遇であったようだ。しかし裁判がすぐ行われ、即処刑となり、そのこと自体何かの問題を隠すためだったのではないかと憶測を呼んだ。


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戦後の社会科学という学問を通してわかる日本の民衆像

戦後「社会科学」の思想ー丸山眞男から新保守主義まで、森政稔、NHKBOOKS、2020、3、20発行
この本は、基本的には日本の政治状況、安倍長期政権がなぜ可能であるかという問いである。それは、新自由主義、という言葉に象徴される政治思想が眼前と横たわっているからであるという事だ。 “戦後の社会科学という学問を通してわかる日本の民衆像” の続きを読む

歴史の大きなうねりの中で起きた事件、大戦直後の台湾

「怒りの菩薩」、陳舜臣、集英社、1985年発売。初出は1962年。

これは陳舜臣の初期のミステリーの中の一冊である。

なおこの小説は2018年8月に台湾の公共放送でテレビ化されて評判のドラマとなった。題名は「憤怒的菩薩」、多少原作と違うようだが趣旨は同様で、台湾の複雑なナショナルアイデンテティを描いているという事だ。このドラマは台湾に対するステレオタイプな見方を覆したかったと監督は言っている。

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中国人の目を通してみた南京大虐殺事件

堀田善衛、「時間」岩波書店(岩波現代文庫所収、辺見庸解説)2015年発行(から2017年まで5刷)初出、1955年新潮社(ウイキペディアによると1953年発表らしい)この本は、堀田善衛が1918年生まれだから35歳くらいの時の作品である。(富山県高岡市出身、慶應大学仏文科卒、伏木港の廻船問屋の息子というから金持ちだっただろう。)

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ソ連崩壊後の左翼思想としてネグリの「帝国」、とアリギの「長い20世紀」の世界の見方対決

「新世界秩序批判」(帝国とマルチチュードをめぐる対話)

ジョバンニ・アリギ、マイケル・ハート、アントニオ・ネグリ等、以文社、2004年発行

誤読

この本は、ネグリの「帝国」という大著に関してのそれぞれの批判や反批判という本である。特に、ジョバンニ・アリギの「長い20世紀」をネグリが批判していることに関して、アリギが反批判しているのが面白い。それぞれの読解力が問題にもなるだろうが、案外批判する人はその当該の本を真剣には読んでいないことが多い。という事で誤読だらけでネグリはアリギを批判したことになる。そのことをいちいち丁寧にアリギは書いてあるので、ある意味、ネグリのような大家でも簡単に誤読して思い込むという事があるので我々が誤読するのは当たり前と考えるべきだろう。

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