繆斌工作というのは知っているだろうか。

 

銘のない墓標、陳舜臣、中公文庫、1991,9、初出1969,1講談社

この文庫に入っている最初の小説である。(3作品が入っている)

 

小説の背景となる歴史的な人物と事件

この小説のテーマはミョウヒン繆斌という人物の話である。彼は、今では知っている人はほとんどいない。しかし、実際にあった繆斌工作という有名な事件の首謀者である。昭和20年はじめ南京汪兆銘政府の要人、繆斌が日中戦争の和平工作を行い日本はこの密使を相手にせずという外務大臣の重光葵の反対によって退けられてその工作が失敗した事件である。汪兆銘政権のほとんどが漢奸としてその後国民党政府により銃殺刑となったが、この繆斌は一番早く死刑とされた人物である。裁判までの間の監獄では最大の好待遇であったようだ。しかし裁判がすぐ行われ、即処刑となり、そのこと自体何かの問題を隠すためだったのではないかと憶測を呼んだ。


和平工作の経緯と日本政府の対応

昭和20年という戦争末期、日本の敗色濃い時期の話だ。

話の経緯は、蒋介石政権と連絡を取り、南京国民政府を解消し日本軍の中国撤退、満州国の認知などを含む、日中単独平和交渉を密使として小磯内閣に提案した。日本は連日の本土空襲に苦しんでおり、受け入れればかなり良い条件であった。これに関しては日本の運命を変えた会議が開かれた。陸海軍は賛成、皇族の一部も賛成も重光大臣は猛反対、非正規ルートと交渉はしない、平和ブローカーの話は聞けない、自らの保身のためためだとして反対しその後陸海軍も反対に回る。日本のためにはよかったのか悪かったのか今では霧の中であろうが、そういうチャンスを作った事件であった。うまくいきさえすれば日中平和工作によって、日本への原爆はなかった可能性も考えられる。(ウイキペディアより)

 

小説の簡単な内容

この繆斌が書いたとされる歴史的文書を日本に売りに来た香港人がいた。その人物は買い手になりそうな学者とか好事家を当たっていたがやっとその話にのってくれる人物がいたのでホテルで会うことになっていた。その時に何者かに殺されてしまった。このストーリーの中には出てこないがこの繆斌という人物は汪兆銘南京政府の要人であったが蒋介石総統の謀略もありで繆斌という人物には国民党も深くかかわっていたようだ。もし彼が東京裁判に出廷するとなると、蒋介石にも類が及ぶような人物であったようだ。

結局、その文書はこの小説の中では偽物であり内容は分からずじまいだが、危険な書物であったようで、その持ち主も殺されてしまったのである。ますます、国民党、台湾の謀略が匂ってくるのであるが、それ以上の物語の進展はない。

 

戦争というもの

この陳舜臣の作品はこの繆斌工作をベースにしたサスペンスといってもいいものだが、私とすればこれをどのように読んだか。結局戦争というのは非常に危ない。敵も味方も分からないくらいに謀略が行われ何を信じて良いのか。これは今のイラク戦争、シリア内戦でも同様のことが起きているという実感だ。戦争は単純ではない。裏切り、寝返り、虐殺、犯罪、大量殺人、疑心暗鬼、精神的な狂気、殺伐とした世界、戦後の後遺症、ありとあらゆる悪が跋扈する世界である。ゼロ戦で飛び込んでいく青年たちを美しく書いた小説があったが、それは戦争の実態を知らない、といえる。今日オスプレイの行き場所に困っているというニュースがあった。(20.05.06)

 

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