大江健三郎「新しい文学のために」

大江健三郎「新しい文学のために」岩波新書、1988年発行

480円とある。

先日、88歳で大江健三郎がなくなった。1935年生まれ、2023年三月三日死去、1994年ノーベル賞授与、このニュースがテレビで流れた時には、なんとも思わなかったのだが、彼の本は読んでいないなと思ったことだけは覚えている。ノーベル賞をもらい、現代文学の先駆者のような方の小説を一つも読んでいないということはわれながら情けなかったというしかない。それもあって自宅にあったこの岩波新書を手にしながらこれなら読めるかなと思った。一方確かに読もうとしたことはあるのだが、面白さに欠けるのではと思って途中でやめた本も何冊かはあっただろう。筋の展開が心をつかまないのでどこまで行ったら面白くなるのか分からないので読むのをやめてしまう。しかしノーベル賞にこだわるわけではないが、すぐに面白さとは別の問題があって深いテーマでも隠されていると思ったほうがよかったのか。本屋に行くと彼に関する評論のようなものも何冊か出ていてちらちらとページをめくると結構柳田国男のことなど書かれていて関係が深かったのかというような今更ながら気が付かず、遅きに失したか、と思う面もある。それでもこの本は面白いか面白くないかは関係なく一応理論的な本であるかのようである。これなら読めるかと思って気軽に読んだが、なかなか何度読んでも大江健三郎の言わんとしているところが見えてこない。3月に読み始めて、5月になってしまった。

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開高健、今読む「ベトナム戦記」

「ベトナム戦記」開高健、写真秋元啓一、解説日野敬三、朝日文庫、1990年発行、朝日新聞社

この本はカタロニア賛歌と同時に読み始めたものである。カタロニア賛歌も興味ある話が多く今回のウクライナ戦争への理解と憤りはさらに深まることになるが、逆にこの「ベトナム戦記」は今まで知らなかったことを教えてくれている上にさらにリアルな戦争らしい恐怖をも経験させてくれる。非常に感銘もうけることになったのでここに報告しておきたい。

ベトナムへ

内容1965年冬から66年の初めまでの100日間約三か月の間、ベトナムのサイゴン地区へ入り従軍記者として週刊朝日に毎週掲載してきたものを日本に帰ってきてから加筆訂正したものだ。かなり生々しい記載も多い。しかしこの天才的な開高健の文章では、真実らしきものをとらえていそうな感じがする。そういうところが非常に魅力的だ。

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スペイン内乱とウクライナ義勇兵

「カタロニア賛歌」ジョージ・オーウェル、高畠文夫、角川文庫、1975年発行

彼の「動物農場」は高校時代の英語のテキストだったので少し読んだことがあった。すごく面白くて英語の勉強にはなったと思った。特にむつかしい英語はほとんどなくて、高校生であれば簡単な辞書を片手にある程度読みこなせるもののようだった記憶がある。その後「1984年」という小説の題名などに関心はあったが彼の小説はほとんど読まなかった。

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柳田民俗学への招き

谷川健一「柳田国男の民俗学」岩波新書、2001年6月発行

著者略歴

谷川健一

1921年7月生まれ2013年8月没92歳熊本県水俣生まれ東京帝国大学卒フランス文学専攻、30歳で平凡社勤務、1963年太陽創刊の初代編集長、その後は執筆活動、在野で一貫。柳田國男と折口信夫らの学問を批判的に展開、「海と列島文化」全10巻小学館を網野善彦、大林太良、宮田登と共同編集している。(ウイキペディア)岩波新書にも「日本の地名」(正、続とある)「日本の神々」など。

柳田國男という人物

1875年7月生まれ1962年没、明治憲法下で農務官僚、貴族院書記官長枢密院顧問官、兵庫県神崎郡福崎町生まれ、東京帝国大学法科卒著書多数、「遠野物語」(岩波文庫)で一躍有名、民俗学の開拓者(ウイキペディア)

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今更読む内田義彦「作品としての社会科学」やはり含蓄がある。

「作品としての社会科学」内田義彦、同時代ライブラリー35、岩波書店、1992年発行(原著は1981年)

内田義彦という人、略歴

1913年生まれ、1989年没戦前の東京帝国大学を卒業して戦後は専修大学の教授でアダム・スミスとカール・マルクスの研究を主として、専門は経済学説史である。丸山眞男、大塚久雄と並んで市民派と言われてきた。岩波新書の「社会認識の歩み」は有名。また「経済学の生誕」未来社は我々学生時代の教科書でもあった。経済学初心者にもわかりやすく易しい言葉でマルクスや社会科学を教えた。

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アフガンに死んだ中村哲という人を思う

「人は愛するに足り、真心は信ずるに足る―アフガンとの約束」

中村哲 聞き手 澤地久枝 岩波現代文庫(2021年9月15日発行、12月までに三刷)

この本は10年前に岩波から出版された単行本だった。それが現代文庫に入ることになって一部加筆(あとがき関係)されて、中村医師が不慮の死を遂げた後に改版されて出版された。

最近のNHKにも

最近も中村哲さんの遺志を継ぎペシャワール会を存続させてアフガン復興の道を切り開いている人たちがいてつい先日もNHKのテレビに出ていた。彼の衝撃のような死と大きな彼の事業の影響は死後もどんどん大きくなってきているようだ。

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折口信夫の「まれびと」とは何か?

NHKテキスト100分で名著、2022年10月、折口信夫 古代研究、上野誠著

折口信夫に入門できるだろうか

折口信夫の古代研究がこの薄い小冊子である程度理解できるのであれがこんなにありがたいことはないと思って手に取った。しかし、この本については思いのほか手間取った。

折口信夫全集というのは中央公論新社で発行されたもので37巻プラス補遺で3巻とあるので相当のものである。全部読まないまでも古代研究だけでも3巻ほどある。彼の口訳万葉集もある。彼の全貌を理解するのは容易ではない。これは柳田国男についても同様である。

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戦時下の喜劇役者の日記を読む。

古川ロッパ昭和日記、戦中篇昭和16年から昭和20年、滝大作監修、晶文社、1987年

なぜこの本を読むか。

分厚い本だ。

浅草芸能史というものを知りたく思った。これは中世史の被差別賤民の話を聞いてから特にそう思うようになった。特に自分の知っているだいぶ昔の喜劇役者、大宮デンスケの自伝を読んでからなおさらに浅草の芸能史を知りたく思ったが、その中の一つが名前は知っているこの古川ロッパだ。偶然図書館の検索の中で見つけたもので最初はもっと小型のものを想定したが非常に大部のものだった。

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天皇の国.賎民の国、我々の差別の根本は何か?

沖浦和光「天皇の国・賤民の国  両極のタブー」河出文庫、2007年(弘文堂90年発行のものを一部割愛して文庫本とした。)

沖浦和光という人

岩波新書「瀬戸内の民俗史―海民史の真相」筑摩書房選書「宣教師ザビエルと被差別民」などは私の読んだ本である。その他著書多数だ。

ウイキペディアによれば、1927年生まれ2015年没、東大で共産党活動、東大共産党極左派で安東仁兵衛(丸山眞男の弟子と称している。)とともに活動、東京大学英文科卒業後大田区立大森第八中で英語を教える。その後晩年は桃山学院大学の学長になっている。専門は被差別民・漂泊民の研究。私の読んだ限りでは、被差別民の研究から差別の原因となったものは何か、という根本的な命題に歴史的にアプローチしたといってよいだろう。

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日本中世の民衆は生き生きとしていた。無縁の人々。

網野善彦「増補無縁・公界・楽ー日本中世の自由と平和」平凡社、1996年発行

この本はなんと言ったらよいだろうか。

いい本というのは世の中にたくさんあると思うが、これも非常によい本ではないか。

これは生まれたばかりのほっかほっかの考え方をたくさん提示して、なお、まだ、いろんな点で実証が不足していると自分でも言っているが、すでに固まっている正統派の歴史学ではないだろう、通説を否定する学問である。またすべてが新しい考えである。また論争的と言っていいかもしれない。歴史の中にエートスを持ち込んだウェーバーを想起させる。日本の中世史のなかで一切触れられてこなかった、漁業民、日本全国を漂泊する所の、ここで注目される職能民、芸能民、非人、などの存在、または自治をしている町々、津や浦々の発見である。

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