サラエボの知性、イビチャ・オシム

「イビチャ・オシムの真実」著者ゲラルト・エンティンガー、トム・ホーファー解説木村元彦、翻訳平 陽子、出版社エンターブレイン、2006年12月4日発行

サッカーのことは私はよく知らないが、オシム程彼に関する本が出版されたスポーツ人は数少ないのではないか。(ざっと調べただけでも25冊くらいはある。)彼の発言はサッカーを知らない人でもうなづける。その非常に魅力的な発言の秘密がこの本には分かるようになっている。以前からこのオシム監督には興味があったがサラエボのことがわからなければ理解するのがむつかしいだろうと思っていた。
それに日本人のサッカーファンにしても最初はオシムのことを知らなかったようだ。ジェフ市原の監督のために、彼が成田空港に降り立った時に出待ちしていたのはただ一人のドイツ語の堪能な日本人女性だけだったという話がある。

この本の構成
この本は3部構成となっている薄い本である。(全221ページ)
章立てとは違うが、
1、オシムの人柄
(この1と2の間に、現役時代のヨーロッパでの活躍が語られている。)
2、ジェフ市原の監督の時の日本人論
3、ユーゴ紛争の時の家族の状況(奥さん、娘のインタビュー)
(この紛争に関しては、「終わらぬ『民族浄化』セルビア・モンテネグロ」で触れた。)
本人はクロアチア出身というが実際はサラエボに住んでいた。家族がそこにいた。ユーゴ紛争の時も奥さんは最後の最後までサラエボをはなれなかった。現在はサラエボの名誉副市長という。(現在までもそうかは確認できず。)

まず彼の人柄
この本は、オシムの人柄があぶりだされてくるようになっている。この紛争のサラエボ出身の哲学者のようなことをいうサッカーの監督についてこれほどまでにみんなが賛辞を贈るのである。多分インタビューの時などに出てくる彼の知性と皮肉が非常に人を引き付ける。その言葉が真実をついている。
出身は貧しかったようだ。イスラム、ギリシャ正教、ユダヤ教が文化になっているサラエボで育った。頭脳は明晰で理科系である。数学についてはサラエボ大学の最優等生であったようで、そのため奨学金をもらい学生時代は決して貧しい学生ではなかったようだ。数学士の免状もあるようだ。そんな知性的な人は日本のスポーツ界にはいないだろう。学者になれるようなスポーツ人がいるだろうか。

彼のサッカーと日本人
サッカーはシステムとフォーメイションと言われている。しかしこれがゲームをつまらなくしている。高校野球の監督におんぶにだっこのスポーツとは違ってサッカーというのは即興性である。日本人のサッカーはゴールまで行く時に監督の許可を求めたがっている。こう考えると高校野球は日本人の心性にぴったりだが、サッカーは全く違うところにあると言われている。(日本人のサッカーについては彼は文化人類学者でもある。日本の上下関係が一つの障害になっているという。これは監督が一から十まで指図する高校野球が典型のタイプの人間類型といえるのではないか。)自己責任、リスクという言葉がこのスポーツでは非常に重要なことがわかる。
私はサッカーについてはさほど詳しくはないが、以上言われていることはサッカーのテレビ観戦、特に国際試合ではまさにその通りといいたい場面が出てくるのである。日本人のサッカーで国際試合のトップに近いところまで行くには時間とメンタルの壁が横たわっている。全英オープンで自然のカオスについて書いたが、この大きな認識と行動の壁を越えて行かなければその先はない。

逆に言うと女性はその壁がないのかもしれない。全英女子オープンに勝った澁野、またなでしこジャパンを知らしめた女子サッカー。(2011年佐々木監督FIFA優勝)

この本にオシムの魅力が最大漏らさず書かれている。それでも足りないと思うが。そして愛する故郷のサラエボ、苦しくも悲惨な状況となりながらも彼はそこに希望をともす人になるのではないか。、サラエボのオシムかオシムのサラエボかわからないほどである。
こんなに素晴らしいところがあるのなら一度は行ってみたい気がする。

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