李鴻章と日本への長い恐怖心

「李鴻章-東アジアの近代」、岡本隆司、岩波新書、2011年発行
この本は李鴻章(1823-1901)が生きていた、清末(清;1616-1912)の時代に焦点を合わせて、李鴻章を軸として書かれた中国史である。西太后のいた時代である。

1、日本との関係がよくわかる。
このあたりの中国史を読むと日本との関係については非常によくわかる。日清、日露戦争から、満州事変、盧溝橋事件から始まる中国との戦争、そして第二次世界大戦への道程などについての基本的な、そして基盤的な理解を得ることができると思う。清末の中国史というのは、非常に複雑でありかつ事件が多く、

その事件後の各国との条約も多い。要するに世界の列強というイギリス、フランス、アメリカ、ドイツ、ロシアが中国での利権を手にしようと虎視眈々と狙っていた時代である。それゆえに紛争が多く、まさに内憂外患の時代である。また日本は明治維新を成し遂げた維新政府のエリートたちは欧米へ政府の派遣団として学びに出るのと同時にアジアでの列強と同様の動きにいち早く手を付け始めた時期である。国内にいろいろと問題があった時期に日本も素早い動きをする。

2、この時代の戦争と条約には李鴻章がすべて絡んでいた。
ある意味李鴻章を中心とした歴史に仕立てると非常にわかりやすい、といえる。
下記のような年表を出すと聞いたことがあるものもあると思うが、戦争し条約し戦争し条約を結ぶ事を繰り返した時代である。かつそれによって清朝は国としての衰退を余儀なくされる。
眠れる獅子がハゲタカに食い荒らされていった時代、といってもいいのではないか。明治維新を1868年に迎えいち早く近代国家をスタートした日本との大きな違いが現象としてはここに出てくる。中国との関係でいえば日本の慢心も見えてくる。日本への中国の警戒心も。

(1796白蓮教徒の乱)
(1839アヘン戦争)
1853太平天国の乱(李鴻章としては最大の戦争だがこれによって出世もした。)
1857アロー号事件(天津条約、北京条約、英仏との戦争)
1871日清修好条規
1874台湾出兵
1875江華島事件
1879日本琉球併合
1882済物浦条約
1885日清天津条約
1894日清戦争-下関条約、台湾の割譲-三国干渉
1900義和団事件
1901北京議定書

3、清朝時代の大きな流れと特徴
1)中国は鎖国状態であった。列強との戦争によって開港を迫られる。さらに国内は租借地とされていく。
2)属国であった朝鮮、台湾、琉球、ベトナムをこの李鴻章の時代に失う。日本が手にしたのは琉球王国、台湾、(朝鮮)といえる。(属国であるが自主の国という表現によって国際政治上の問題を起こすことになった。)
3)軍隊を持つ民間団体が数多くあった。これは清朝時代なのか中国古代からの大きな特徴?かもしれない。その団体が反乱を起こしたり、反乱を鎮圧したりする。政府側に着いたり、反政府側に着いたり。その中で最大なのは太平天国であった。李鴻章も自分の軍隊を持つ。
4)中央集権ではない支配方式、西太后の時代は地方への委任統治の色彩が強い。これが非常に問題も起こす。李鴻章は一度も北京の中央政府の下で働いていない。地方のある地域の高官という地位。この人が中国代表として条約締結の交渉役であった。また外国からは契約相手として非常に信頼を置かれた人物であった。
5)日本という国を非常に警戒していた。危ない国。欧米は条約を結ぶと一段落できるが日本はそうはいかない、とみていた。それゆえに日清戦争のでは三国干渉という戦略をとった。
6)李鴻章がなくなってから孫文、袁世凱など表舞台に登場する。近代中国への胎動が始まる。

総括的にいえば李鴻章並びに中国政府が心配していた日本は小国だが、軍事的に非常に強い国になった。この事が中国との関係を決めた。明治維新以来中国の不安を生み出したこの関係、この互いの不信感が永続的に続いている。
(この後のことは、岩波新書、川島真、シリーズ中国近現代史②近代国家への模索、がある。今後読書案内で公開の予定)

コメントを残す