「グレン・グールドは語る」グレン・グールド、ジョナサン・スコット宮沢淳一訳、ちくま学芸文庫、2010年第一刷
閑話休題である。懐かしいグレングールド
グレン・グールドは私が学生時代の時に聴いていたピアニストである。たぶん人それぞれの愛着と彼と出会った時の衝撃を抱いていると思う。この70過ぎのいい年になってから彼を思うということは、まだまだ、彼の音楽が我々の中に生き生きと生きていて何かしらのインスピレーションを与えてくれるのだろう。
とくに彼のバッハのシリーズは普通の中世のバッハではない。現代のバッハという感じである。ピアノのバッハである。今なお新鮮な感じを与える。また彼がバッハをひくとき少し音量を大きくするとわかるが歌っている。彼の声がある程度聞き取れる。それが録音されている。確かにパブロ・カザルスのホワイトハウスでケネディの前で弾いた「白鳥の歌」のように聞こえないでもない。これも物議をかもした一つだった。またこの本にも出ているが、彼の椅子が異様に低い上いつもそれを持ち歩いて演奏しているという。(こだわりの椅子である。床に座ったかのようであると評論家が言う)また彼が32歳で公開演奏をやめてスタジオでの録音音楽家となったことも何か神秘めいていた。こういうことから醸し出されるのは人間嫌い、人と話すのもいやだというような、また人前に立つとぶるぶる震えがくるようなタイプかのようである。
しかし、そういう印象はこの本を読むと拭い去られてしまう。
ここではインタビュアーがいいのか、快活にしゃべっている。むしろ冗談好きな人間のようにも見受けられる。
この本を読んで私の長年のもやもやとしたこのグレン・グールドに関しての感情が今回基本的に理解できてすっきりとした。
1,なぜ、公開演奏から引退したのか、これは録音の時代であると彼が認識したからであり、誰もいないところでの演奏のほうが自然である、と考えたからに相違ない。相違ないということはこのインタビューで明確になってはいないがそういう印象を与える。だからその後の録音活動は多彩であり量も多い。録音にすればつぎはぎができる、ということと音を拾うマイクによってミキシングという作業があるが、音の拾い方で演奏されたものの良しあしも決まる、とみなしている。また多重録音といって同じ人物や違う人物でもいいのであるが、同時に録音するのではなくて上乗せしていくような録音技術である。そういうものも駆使できる録音というものに深く興味を抱いたということだ。今ならもっとデジタル化による大きな変革をも期待できただろう。当時はまだレコードの時代である。4チャンネル、8トラックで演奏もあったらしい。こういう録音に関する彼の実験的な体質が公開演奏からの引退を促したのかもしれない。
2,ジョージ・セルとの逸話
これも今回のこの本を読んではっきりとした。大御所のイギリスの指揮者ジョージ・セル(勲章をもらっている)とひと悶着あったという逸話があって面白おかしく伝わっていた。リハーサルの時、グレン・グールドが椅子の調整をしていて彼の指揮をじゃましたということから、ジョージ・セルは演奏をやめて下りたという話である。大御所の機嫌を損ねて代理の指揮者が交代して振ったということだ。これも実際はなかったようである。椅子の調整はしたがご機嫌斜めにするほどのことはなかったという。しかしジョージ・セルはグレン・グールドの演奏を聴いて彼は変人であるが天才であると言った。
彼の履歴を簡単に振り返ると1932年生まれ(カナダのトロント)14歳でトロント音楽院を修了、国内デビュー、22歳の時に米国デビュー、その後バッハの「ゴールドベルグ変奏曲」でバッハ演奏を一新させた。50歳で脳卒中でなくなる。大変な天才であるが奇癖のあるタイプであった。バッハの演奏もいろいろあって他の人と比べたら段違いなレベルであることに驚くだろう。多くの評論家が彼の演奏について書いている。いまだ彼のような演奏家はいない。
また私はジャズも好きなのであるが特にピアノの演奏が好きである。それはこのグレン・グールドの影響からかもしれない。ジャズピアニストのキース・ジャレットもバッハを演奏している。グレン・グールドの影響かもしれない。(またキースはショスタコビッチの『24プレリュードとフーガ』というバッハを意識して作れられた作品も演奏している)のこのキースのまじめな取組とまじめな演奏には敬服せざるを得ない。この比較も面白いだろう。
バッハからシェーンベルクまで
音楽にそう詳しくはないので彼の音楽理論や用語についてはわからないことも多い。しかし彼の演奏を聴きながらこの本を読むと本当に慰められる。今回この本を読んだおかげでハイドンのソナタやシェーンベルくのピアノのCDを聴けたのもありがたかった。シェーンベルクといえば難解な現代音楽という印象があるかもしれないが、ピアノはそんなにむつかしくもない。バッハしか知らなかったのであるが多様な作品があり今では結構安価で手に入る。この本には作品集リストがおさめられている。死後すでに40年ほどたっているが、彼の演奏を飽きるということはない。いつまでも流して聴きたいバッハである。
ついでに、私はオーディオに凝っているわけではないが、最近サンスイ(ドウシシャがサンスイブランドを引き継いでいる。)の真空管アンプのコンボの安いのを購入して改めて聴いている。この真空管アンプの音はソフトで優しい。なおのこと彼の音楽が聴きやすくなった。(グレードはSMC-300BT)