民主主義とヒットラー

「現代民主主義  思想と歴史」権左武志、講談社メチエ、2020年12月発行

権左武志という人は、岩波新書「ヘーゲルとその時代」を書き,最後の方にマルクス主義の問題点をヘーゲルから論じるという事に可能性を感じた。そこにあるマルクス市民論の問題の展開をもう少し掘り下げてもらいたいという気持ちで彼の著作の動向を見ていたが、佳作の人である。既刊の著作は高すぎて読めないし図書館にもないので手に取ることができない。調度良く適当な入手可能な価格で講談社メチエから出版されたので手にする。

なぜこの本を読むのか、
要するに新自由主義、資本主義の終焉、歴史の終焉などと言われており最後は資本主義が終わり社会主義になると予言する人たちもいるのであるが、本当にそうなのか、そんなことがあるのかという気持ちと今の問題をすぐ社会主義に結びつけるのもおかしい。今の問題をよく把握したうえで今できることを考えなければならない。すぐ革命か?すぐ社会主義か?理想を言えばすむのか?遠い将来のこと、ほとんど来ない未来のことを言えば正解なのか?もはやそういう発想は、はっきり言えば愚かしいとしか言いようがない。そこで今足元でできることの可能性、今手を上げるとすれば何に手を上げるのか、今行動しようとすればどういう行動がありうるのか。唯、「今」という現実に何をすればいいのか、どういう指向を持つべきなのか。何か指針があればと思っていた。また遠い将来にあるのかないのか分からない桃源郷的理論もそういう発想はもういらない。そこで可能性のあるのは、資本主義か社会主義かではなくこの民主主義というものの現在あるこの道の可能性を見ていくしかないのではないかというあれかこれかではなく第三の道としての民主主義を探る事が必要だと思うようになった。

本の内容
基本的には第一次大戦後のドイツ問題、ここにM,ヴェーバー、C、シュミットのような政治学者、憲法学者ががいた。敗戦国ドイツの立て直しのためにどういう政治体制が必要かというような議論がさんざん起こっている中で(この時期は非常にドイツは複雑な問題を抱えていた。第一次大戦の敗戦処理、戦勝国の論理、小ドイツ論、大ドイツ論、ドイツ革命、ロシア革命、ワイマール憲法の成立、国民国家の成立とわずかな時期に非常に不安定な状況に置かれている。)ウェーバーの指導者民主主義という体制が導入される。この考え方がヒットラーの登場を許した、という。ヒットラー体制は民主主義のなかから生まれた。また直接民主主義のフィクションによって多数者の支配と独裁の登場、さらには少数者への同化作用、排除、浄化にまで行きつく。民主主義といってもなんと多くの問題を抱えることなったか、という点が指摘される。特に民主主義とナショナリズム(血縁的、文化的、言語的、人種的、宗教的同一性による。)が結び付くとヒットラーがいなくても同様の問題が起こる。これをかれは民主主義のパラドックスという。このパラドックスの歴史を振り返って見るのが彼の民主主義の歴史と思想である。(ある意味戦後のナショナリズムの発火点となる考え方、民族自決論の問題点についての説明がある。)

著者の強調する点
決められない政治という言葉や、日本の菅首相は日本を代表する首相なのかという素朴な疑問、もっとアメリカのように直接選ぶようにはできないのか、という願望、国民の負託を受けた代表の政治への期待、これは発想としては危険なナショナリズムを待望する姿勢であり、排外的、少数者排除、の思想になりやすい。著者は言っていないが、多分このことが嫌韓、嫌中を生んできたともいえるのではないか。
直接民主主義的なものが非常に問題を抱えるということ特にナショナリズムと結びつくことによる危険という問題が特に指摘される。特に日本の改憲論議で国民投票をすればいいのではないかという議論がなされているがこれこそナショナリズムと結びつき一番危険な方向にあるという。

読後
民主主義の可能性というテーマで読み始めたが、いろいろ問題が多くて一概に民主主義といってもいろいろある。民主主義とその制度の問題を考えると複雑である。また多数の少数支配問題の部分、特に民族的に少数者が多岐にわたる多民族国家などはそういう問題が露骨に表れてくる。これは中東もそうだし、ロシア、中国も、アメリカも同様で国民国家のいわゆる民族自決権ではくくることが出来ない上に解決できない。コソボ問題はその典型として表れた。血縁的、文化的、言語的、人種的、宗教的同一性がない国では直接民主主義的な選択というものが非常に問題になってくるという事だ。日本はどうか、日本も沖縄、アイヌ、在日朝鮮人、部落問題を抱えている。更に最近話題の在日ベトナム人、その他の少数ながら移民こういう人たちに対しての政治はいかなるものになっているか。基本的にはこの民主主義のパラドックスを指摘したところで終わる。とくにそのための解決策という事を示しているわけではない。それはそれでいいのではないか。
それでもなお、今からもっと民主主義の思想、制度を勉強しておく必要がある、という事を思い知らされる。

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