国富論よりまずこの本を

法学講義、アダム・スミス、水田洋訳、岩波文庫、全500ページ、2005年発行

(原書は1748年から51年にグラスゴウ大学での冬学期の講義の学生のノートから)

初めに

この本は経済学者として世界的に著名となった古典、国富論(=諸国民の富)の作者であるアダム・スミスである(1723~1790)この国富論は現代でも経済学としての学問を切り開いた先駆的な書であり今なお経済学徒はこの人の本を勉強するのである。「国富論」も有名だが「道徳感情論」も有名である。然し彼のこの2つの著作は長い。この法学講義は岩波文庫一冊分である。それでも500ページという分厚さとなっている。現在ヘーゲル(1770~1831)の年次別の講義録というのもあり学生のノートも非常に重要であるということになるかもしれない。このアダム・スミスの講義録もこのように何部か残されているようである。ある人によると当時の出版物は国王の許認可が必要なので文章は固くなりがちであり、言えないことも多かったようである。しかし講義録となるとまた授業風景が浮かぶような感じもするのである。そこでは現在のように録音機もないのでデータを公開されるような心配もなく話すという事になる。学者の本音が聞かれるのである。

内容は

法の一般理論風に始まり、司法、公法、家族法、相続と続く、そのあとに生活行政、軍備、戦争、国際法と続く。

 国富論を読むならこの本を読めと言いたくなる内容が書いてあるのが「生活行政」という個所。この文章はページ数で言うと全体の25パーセントくらいを割いているが、ここに彼の持論の国富論の要約のようなことを書いている。これを講義したのは28歳から30くらいの間であることを考えるとやはり天才である。

 国(国民)を富ますのはお金ではなく生産であるということ。その国(国民)を富ます生産というのは、人間の交換するあるいは交渉する特性によって生まれた分業によるのであるという事。分業の合理性という事はその仕事が非常に狭い分野に限定されているため改善し生産性を上げようというモチベーションを高める。これは自由な人権が前提であるが、そういう近代的人間であれば必ずそのような行動に出る。またそのモチベーションが勤勉にさせる。この辺りはM.ウェーバーや大塚久雄、内田義彦、などを思い浮かばされるところである。彼は奴隷との対比でそのことを描いている。比較は大体ローマ時代との比較となっている。

 法規制、税もその点から彼の論理が出てくる。自由貿易、お金(=金)の輸出は禁じられていたが、金を輸出して品物を得ることの方が国民の裕福さをさらに増やすのであると説く。お金主義の経済学者で政府の方針が間違った多くの事例があると言って歴史的な事例を説明する。

お金主義というのは王様のように国庫にお金が減って輸入品が増えてくると貧しくなってしまうという考え方である。商品の量を見なさい、とアダム.スミスは言う。逆に問題があると言って関税をかけたり禁輸したりするという事が国民を貧しくする。そのお金を動かしていくことが必要なのである、という事だ。分かりやすいと言えばわかりやすい。この考え方の延長線上にマルクスやケインズが出て来る。彼は小さい政府論者である。また法規制は極力ない方がいい、という。自由貿易論者でもある。重商主義的だ。

  この国富、国民の豊かさを得るのは、分業という非常に効率のよい生産方式があればこそである。これによって国富の増進ができる。つまりこの分業を活かすための政策というものが政治に求められるという事を強調している。まさに近代資本主義の発生時期の経済学者の発言である。

最後に

  このグラスゴーの講義の年代を見ると1750年代である。これは日本では江戸時代。明治になるまでにまだ100年ある時代である。その時に法学の基本が大学で話され、経済学の基本が話されていたのである。今でも多くの人が引用するような学問がすでにあったという事が驚くべきことである。(この講義は彼の28から30才という若い時期の講義ですでにその分業という経済学の基礎の考え方があった。)

特記すべき言葉

法律についても彼は効用という言葉、そして第三者としての目という事を言う。こういうさりげなく出てくる概念というものが彼の学問を支えている。また自然価格という言葉も非常に重要な概念として出てくる。自然という言葉はこのヨーロッパの学問ではしょっちゅう出てくるが言っている人によって使い方は違う。非常に重要なキーワードとなっている。自然という言葉はある意味厄介な言葉である。

感想の追加

読後は非常に味わい深い本であると感じる。彼の講義は政治と経済が混じり合って豊かさを追求するにはこうすべきだという冷静なそして科学的な目がある。もうひとつ言えば書かれていることは基本的なことだ。そこが古典と言われる所以か。現代の日本で議論されているようなことが出てくる。一つの例では消費税、高関税という言葉、そういう事からしても我々のためには非常に勉強になる本である。

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