邱永漢、濁水渓、という小説

邱永漢「濁水渓」中公文庫、昭和55年(1980年)(初出、昭和29年、1954年)

この本は直木賞候補になったそうだ。「香港」(昭和30年、1955年直木賞を取る)

概略

この本は、台湾出身の邱永漢のほぼ自伝のような小説である。時代はほぼ正確に戦前の東大の学生時代、米軍の焼夷弾を受けて東京が焼け野原になる処、特高のために牢屋に入ることもありまた学徒出陣という徴兵を拒否して逃げ回る主人公が日本の敗戦を目撃して台湾へ戻り、やっとの平和の日々が来るかと思いきや、また暗転して中国からきた国民党の横暴、腐敗を目の当たりに見て、民衆が怒って大暴動を起こす1947228日の大事件のあたりでそれの余波というところで終わる。主人公は民族も政治も主義もないところに住みたいという絶望的な感情に揺り動かされて香港へ密航するところまでが描かれている。

 

この小説のストーリー

この小説は、どこまでが真実でどこが虚構なのかはよくわからないが、中に出てくる男女関係などは、虚構かもしれない。また特高につかまったところなどは現実的にあった出来事かもしれない。台湾や韓国の優秀な学生は日本の帝大に来ていたようで、そういう人は植民地として自国を日本から解放したいという強い願いもある。しかし年代によってはうまく日本に迎合しながら世渡りをする人もいる。若い青年だった主人公らしき邱永漢はそういう事が許せなかったので,同胞の人たちともめることもたびたびある。彼も東大経済学部でマルクスやレーニンの本を学んだようである。それがゆえに特高からもにらまれる。一度は牢屋にも入る。

この東大在学中に徴兵制が植民地の人間にもほぼ強制のような形で来る。この時の彼の心には心底のたうち回るような苦渋が起こった。中国の同胞を殺しに行けるかという苦渋である。

そしてこのことから逃げる。東京から九州までつてを頼って逃げ回っていく、その間彼の親友の裏切りにあったり特高の目をかいくぐりながら逃げる。そのうちに終戦となった。

 

戦後台湾に戻りまた国民党の悪政を見て、自分はどうするのかという選択を迫られた時にはもう台湾がどういう国になっても仕方ないという思想になって、商売の方へ転換して密貿易などして蓄財する生き方になっていく。また希望を抱いていた中国からの国民党が期待とは全く真逆の態度で台湾人に向かってきた。これは蒋介石がやらせたという証拠があるとこの小説には書かれている。そのことを象徴する最大の事件2.28事件の時に多くの台湾人が殺されてまさに政治的不信の極致となり、香港へ密航していくのである。この事件については台湾海峡、である程度概略は分かっていたが、かなり詳細にこの事件の成り行きが描かれている。

これはある意味外国人の、植民地の人間の日本敗戦なのである。その体験を描いたものとして日本人にはショックな台湾人の、今までには表に出ることのなかった心の中の揺れ動きが的確に表現されていると思われる。

邱永漢という人は純粋な文学的小説としてはこの2冊だけなのではないか。

だからとても価値ある小説という事ができるのではないか。これはあまり有名な小説ではないだろう。まさに本当の台湾を知りたい人には不可欠な小説だ。

主人公はその後、民族、主義とか政治からは離れてユダヤ人のように祖国なき人間として生きるというようなことを言っているのだが、はっきりいって邱永漢の本音だっただろう。彼はそのような生き方をしたのではないだろうか。

 

その他の付随的なこと

またその後、台湾物語というものを書いている。これは、今読むと日本人の馬鹿らしさが台湾人の目から見るとこう見えるという事だろう。高度成長期の日本人サラリーマンが台湾でどのようなことをしているのか、特に男女関係ではあるが、抑制のきいた語り口でさらっと皮肉が書かれている。週刊誌に連載したようだ。文章はうまいと言っていいと思う。

 

コメントを残す