「岸信介ー権勢の政治家」原彬久著、岩波新書、1995年発行
この本は岸の戦前の若き革新官僚の時代と、巣鴨プリズンの時代と戦後総理大臣になった時の安保改定問題の時期を扱っている。昭和の妖怪といわれるところが本当にあるのか。
政治家とは何か
簡単にいえば、政治家というものは、明治維新もそうであったように天下国家を論じる人たち、という事がいえる。この岸も同様であるが、誰のためのどのような方法で政治を行うのか、というところに非常に疑問の残る人である。国のため、独立国日本のためという考え方は一貫しているようであるが、実際はFOR MEだったのではないか、と思わせられる。
つまり天下や国家はあるがその中にいる国民はいないのではないか。今でいえばエスタブリッシュメント層のための政治家という事になるか。マルクス主義的にいえばブルジョアジーの利害のための政治家であったのか、こういう点はこの本ではあまり追及されていないが、そういうことを問いただしてみたいような気がする。岸という亡霊に。
この本のテーマ
しかし、この短い本の中には満州傀儡政権、国家社会主義思想、統制経済、計画経済、五か年計画、敗戦、戦犯問題、冷戦、憲法改正、軍事力強化、沖縄、小笠原問題、安保、日米関係、政治と金という岸にまつわる密度の濃い問題的テーマがあり、読むものを飽きさせない。
簡単にこの本に沿って岸の政治生涯を(1896から1987、90歳)
まず、山口県出身。教育熱心な両親、また親戚がいた。結局東大法学部に入る、そこで将来法学部の教授になる我妻栄と1、2位を争う成績であった。卒業後農務省入省、これについては内務省とかもっとエリートになるべきところに入れとの周りの勧めがあったが反対してそこに入る。海外視察がありアメリカ、ドイツなど回る。ドイツ式の産業推進は参考になった。アメリカには戦争をやったら絶対勝てないという確信を得る。
浜口雄幸内閣の時にドイツ式の経済発展の理屈(ドイツ産業合理化運動)を提案して評価される。(重要産業統制法へ結実)ドイツで国家主導による統制経済の重要さを知り、大川周明、北一輝の国家社会主義などにも共感し接触もする。この国家社会主義という思想は本当に問題があって、まさにソビエトである。国家が権力で経済を支配する方式。国家主権である。すべての所有権は国家にある。
満州時代
その後官僚を辞して行った先が満州であった。(昭和11年、1936年、40歳)ここで彼の統制経済論が花を咲かせる。満州はソ連と戦うための経済的、物質的拠点であったので軍部からも岸の能力を買われたといってよい。戦争経済のための超合理的な経済活動が急がれていた。そしてここは彼の訓練の場であった。また満州で彼の政治家としての信条やポリシー、行動の様式が決定されたといってよい。満州で何があったか。満鉄と対抗する新興財閥日産コンツエルンを呼び寄せる。(傘下に日立、日本鉱業、日産自動車その他130社ほど)そして莫大な金と権力を手にした。満州国はアヘンの密売を独占管理していた。甘粕正彦との関係も深い。
本格的政治家の時代
3年後(昭和14年、1939年、42歳)に日本に帰って政治の中枢の官僚に戻る。しかしすぐ選挙に山口県から出馬して当選(昭和17年1942年)この時の東条内閣の商工省大臣(45歳、小泉進次郎同様に若き大臣)となる。この時が本当の政治家になったときである。満州での莫大な金を背景に政治と金の問題を自ら実行した。これを見るとは敗戦色濃い時期のエリートだ。
戦犯として
その後A級戦犯として巣鴨プリズンに入る。この時に大量の日記を書いている。しかしこの本では触れていないが、この戦争と国民の災禍についての反省はほとんどないようだ。自分の極刑か釈放かに当然ながら関心があり心が揺れ動くさまが縷々述べられている。
戦後の活躍、現在の自民党の政策がこの岸の時に出てきている。
戦後政治については、サンフランシスコ体制からの脱却、日本の独立のために小笠原、沖縄返還、日米の対等の安保改定の推進(事前協議問題、有事の範囲、核持ち込み問題や拒否権)、これはしかし樺美智子さんの死によって阻まれてしまった。アメリカは今もそうだが、軍事的に対等の軍事力がないところとは対等の条約は結べないという事だ。アメリカは日本を対等の国として認めていない。アメリカ従属国日本という問題。これは今なお右も左も持っている問題意識だ。また憲法改正問題を取り上げている。これは押し付け憲法だ(サンフランシスコ体制とは敗戦体制、これは独立までの準備期間と彼はとらえている。準備期間中の憲法という位置づけ。)、という理由だ。現代の安倍政権でも言われているので自民党としては、70年越しの息の長い戦いとなっている。
結論的に
結論的にいえば、岸の時代と現代は時代は違うが自民党の政策課題や問題意識は、この岸の時代にほとんど出尽くされている。同じ問題意識、同じ体制で阿倍さんが取り組んでいるとしたらなんと前進のない考え方かと思う、のは私だけか。