「問題は英国ではない、EUなのだ、21世紀の新.国家論」、エマニュエル.トッド、堀茂樹訳、文芸春秋(文春新書)
この小さな本は問題を沢山はらんだ本といえる。
このエマニュエルトッドという人はフランス人、歴史人口学という学問の専門家である。(日本の慶応大学には速水融(名誉教授)という学者がいて彼も歴史人口学の大家でかつ友人という。)
年齢は現在68歳、1951年生まれ。フランスの学者、たくさんの本を書いているがこの人の本当の狙いは、経済学だけで世界は読めないと言っているように見える。何でもかんでも経済学ですべてを理解しようとする傾向に腹立っている。歴史の深い多様性を理解するには経済学だけでは済まない。
家族構成、(男子長男直系家族、核家族、共同体家族、女系家族、子が平等家族、外婚制、内婚性)相続法、識字率、出生率、出生の男女比率、高等教育の進学率そしてその男女比率、その変化、これらの国際比較、歴史比較によって30年くらいの歴史の流れが見えてくると言われている。これによって共産主義革命の起こった地域の家族構成が外婚制共同体家族の分布と一致することを発見した。p91-93、(タイが共産主義にならない理由は一時的母型同居を伴う核家族、ベトナムは外婚制共同体家族、ロシア、中国も同様)彼の書いた分厚い「家族の歴史」の現代的解説といえなくもない。
1、イギリスのEU離脱問題
これについては、日本人もなんであんなに小むつかしいこととあまり得にもならないことをやるのかといった印象と論評も多い中で、このフランスの学者はどう見たかというテーマである。一つはドイツ問題、ドイツに支配されるのはもうごめんだという気持ち、ベルギーから何かを言われるのは国民国家として独立した国家ではない。国家としての主権回復。また移民問題が今回の離脱の大きな問題だと言われているが国家としての主権回復のためが本質的であった、という。
今後やってくるのはEUの崩壊だそうだ。
2、中国、イラン、サウジ他
その他のことについては彼のこういう歴史人口学的方法論で現代と歴史はどう見えるか。
①中国に関する独自の見解など傾聴に値する内容となっている。高等教育への進学率が17%という非常に低い。この進学率はヨーロッパの1900年代に近いという。また男女の出生率に大幅に差がある。男のほうが圧倒的に多い。(世界の平均と比較して、いびつである)また外婚制共同体家族は貧富の格差を嫌う傾向であるがゆえに中国には問題が残っているという。
②イラン問題
シーア派とスンニ派(シーア派;息子がいなければ娘が相続、スンニ派;息子がいなければ娘がいたとしても父系の親戚筋が相続する。イランはシーア派、父権性が弱くより核家族的。女性の地位が高い。サウジアラビアはスンニ派、家族構成は逆、でなぜ欧米がイランと対立しサウジと協力関係かは人類学的には非常におおきな問題を残す構造となっている。)
3、独自性
彼の立論というものにあまり他人の引用というものがなくデータ主義である。彼の独自の研究成果の結論として言っている。彼独自の見解である。そこが多くの評論家と称する人たちとの見解と一線を画している。中国や米国や韓国やイランやイラクやウクライナというところの問題を自分の研究の成果として独自にいえるということに非常に重要さを感じる。揺るがない見解という感じである。
4、シャルリエプド事件
最後に、イスラムのムハマッドを馬鹿にし、冒涜した漫画を載せた記事を出した風刺週刊新聞のシャルリ.エプド襲撃事件というのがあった。記憶に新しいと思う。その事件でフランスがパニックに陥り、オランド首相を先頭とする300万人以上のデモが起こった。そのデモの標語が「私はシャルリ」というものだった。宗教を軽蔑したり無視したり冒涜したりする権利が近代民主主義思想にはある、という表明をフランス人が示した。このデモについて彼は全フランス人が反対してもそのデモにはNO!であるということを表明して一時的には非難の的となる。今なおそうかもしれない。(この事件とその分析はのちに発売になった、「シャルリとは誰か?人種差別と没落する西洋」文春新書、非常に詳しく分析されている。詳細はそちらを読んでいただきたい)
要するに彼の見解はフランスのそしてEUの危機的状況を改善することなく失業率10%のフランスで苦しんでいる移民(多くはイスラム圏から)の若者を助けることもなく、苦しい状況に置いたことが今回の事件の発生だとしている。文明の衝突といった思想対決の問題ではない。これは嫌韓、嫌中に通じる。